他人事じゃない…防ぐことができない初期流産の現実

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突然ですが、みなさんは「流産」についてどんなイメージを抱いていますか。妊婦が転んでしまったり、無理をしてしまったせいで赤ちゃんが亡くなってしまう…そんなイメージではないでしょうか。

少なくともわたしは「流産」という言葉に、そんなイメージを抱いていました。

しかし、実際には初期の流産のほとんどが妊婦が「気をつける」ことでは回避できないものばかり。今回は、防ぐことのできない初期流産について、実体験と合わせて綴っていきたいと思います。

15%というそう低くない確率で流産は起こりえます。流産は、特別なことではありません。

妊娠判明から胎児死亡の診断まで…筆者が経験した初期流産の記録

2011年に自身が経験した初期流産の記録です。

出典 シノヅカヨーコ

市販の検査薬で陽性反応が出た翌日、はじめて産婦人科を受診しました。このとき、妊娠5週。エコーで胎嚢と呼ばれる袋のようなものを見せてもらいました。

訪れた吐き気に「これがつわりか…!」と感動しながら迎えた二週間後。二度目の健診では、チカチカと点滅する心拍を確認することができました。妊娠8週。エコーではじめて見た我が子の姿は、クリオネのようなかたちをしていました。

「ほぼ週数どおり成長しています。順調ですよ」と先生。

このときまでわたしは、妊婦が無理さえしなければ誰もが無事に出産まで漕ぎつけることができるものだと思っていました。流産なんてどこか他人事で、健康な自分にはまったく関係のないものだと思っていたのです。

妊娠11週。動いていたはずの心拍が消えている…

出典 シノヅカヨーコ

三度目の健診。

先生と一緒にエコーに映し出された赤ちゃんの姿を見ました。このとき、妊娠11週です。クリオネのようだった胎児は5センチほどに成長し、まあるい手足らしきものが生えていました。「前より、大きくなりましたね」と、言った覚えがあります。

しかし、先生から告げられた一言は、わたしの期待を裏切るものでした。「でもね、赤ちゃんの心拍はもう止まってしまってるんだよ」

自覚症状がない…胎児が子宮内で突然亡くなってしまう「稽留流産」

子宮内で胎児が死亡している状態であるが、妊婦に症状が無いもの。

出典 http://ja.wikipedia.org

どうか誤診であってほしい…すがるような思いで確定診断を待った二日間

出典 http://www.photock.jp

診断は「子宮内胎児死亡疑い」というものでした。

胎児の状態から、亡くなってから2日ほど経過しているとのこと。2日前のことを思い出してみても、特に変わったこと症状などはありませんでした。再度診察し、「疑い」が「確定」に変わったら手術を受けて取り出すのだと説明を受けました。

再診を待っていた二日間、「子宮内胎児死亡」について調べました。

いったい何が起こっているのか。わたしのからだに何か問題があったのだろうか。
そして、助かった事例はないのだろうか、と。

「子宮内胎児死亡 理由」
「子宮内胎児死亡 誤診」
「子宮内胎児死亡 原因 母親」

そういったワードが、パソコンの履歴を埋め尽くしていった二日間。調べれば調べるほど、「流産」がいかに身近なものだったのか痛感しました。

二日後、診察へ。

再び診察台に乗り、先生と一緒に胎児の姿を見ました。二日前までは見えていた手足も見えなくなり、小さくなった影だけが見えました。「死んでしまって、からだに吸収されてしまったんだよ」と先生は言いました。

この日はじめて、「子宮内胎児死亡」つまり、稽留流産の診断がくだったのです。

人工中絶と同じ方法で望んだ子を取り出さなければならない苦しみ

出典 http://www.photo-ac.com/main/detail/1459?

皮肉にも、稽留流産の手術は人工中絶と同じ方法で行われます。

「子宮内胎児死亡」の確定診断を受けてからさらに三日後、死んでしまった我が子を取り出すための手術が行われました。子宮口を拡げる処置を受けたのち、点滴と吸入による全身麻酔を受けての手術でした。半日ほどの日帰り入院で、かかった費用は健康保険適用で6万円ほど。

おなかの大きい妊婦さんがずらりと並んだ待合室。「どうしてわたしだけがこんな思いをしなければいけなかったのだろう」そんな思いが消えませんでした。

我が子を失ったあとに残されたものとは…

出典 http://pixabay.com

はじめて授かった我が子を亡くしたあと、わたしに残されたのは「流産報告」という仕事でした。

まだ見ぬ初孫に喜び勇んだ両親により、親戚中に知れ渡っていたわたしの妊娠。すでに職場にも報告を済ませていたため、「実は流産してしまいまして…」と各所で説明しなければなりませんでした。

流産を報告したときに「残念だったね」という励ましに次いでよく言われたのが「無理が祟ったんじゃない?」という言葉でした。

わたしの妊娠生活は、とても慎重なものでした。うっかり転んでしまわぬように、階段を使うときはかならず手すりを握りました。すれ違う自転車がこわくなって、道のすみっこを歩く癖もつきました。無理なんてしていません!と叫んでしまいたかった。

しかし、そのときのわたしと言えば「次は気をつけます」と返すのが精いっぱいでした。自分の子に生まれてくることができないほどの原因があっただなんて、かなしくてたまらなく悔しくて、口に出せなかったのです。

「流産」は母親のせいで起こるものではないと知ってほしい

ドラマなどでは「母親が階段から落下する」といった妊婦の不注意による流産描写が多く誤解を招きがちです。しかし、初期流産のほとんどがどんなに望んでもつなぐことができなかった命。

「流産は母親の不注意によって起こる」という間違った認識は、流産経験者を苦しめることにもつながります。流産により妊娠を継続できなかった女性が、自分を責め、思いつめてしまうことがないよう、正しい知識が広まっていくことを願います。

引用元:spotlight

 

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